LAZY【novel】06


「ナル!顔色悪いよ?」
所長室から出てきた彼に自然と目が奪われるのはいつものこと。
だがその色に、彼女こそ冷水を浴びせられたように血の気が引いた。

「…なんでもない」
「嘘!ただでさえ白いのが蒼白になってるもん」
お茶、と言おうとするのを言わさず、詰め寄って強引に心配する。
…もしかして、と麻衣は嫌な考えが湧いた。
週末から週明けの今の今まで顔を合わせていなかったが、その間ずっと、篭っていたのだろうか。
「リンさんはいないの?」
まだ姿を見て居なかった。
てっきり資料室かと思っていたが。
唐突な問いかけに怪訝な顔を一つ寄越すことも面倒なのか。素直に国に戻っていると応えが返ってきた。
麻衣はますますしかめっ面になりながら、食事はしたかと重ねた。
「………。」
ひく。
「…必要ない。」
「あるし!!!」
思わず声を張ってしまう。

「…あんたね〜…!食べなきゃ人間死ぬんだからね…!」
「栄養は摂っているから死にはしない。」
誰も注意する人間がいないとコレか。
「最後に寝たのは?」
「………。」
あぁ。
「覚えていないな。」
避けやがったな。
ということはまず一睡もしていないか。人間3日が限界(でそれ以上は発狂する)と聞いたことがあるんですけれど。
「それよりも麻衣、」
「何がそれよりもよ。ナルはとにかく寝なきゃだめなんだから。」
「おまえは人の話は最後まで聞けと教わらなかったのか。」
「人としての教鞭を寝食忘れる人にとられたくないです。」
「とにかく僕はこれから外出するから麻衣も来い。」
「………。」
「どうした。」
どうしたじゃないよ。
胸の内に細波が広がる。
我が身を慮らないのは美徳でもなんでもなくただの馬鹿のすることだ。
それが何故この天才様にわからないのか。
「…自己管理も出来ないくせに他人に指図しないでよ。」
ぽつりと口をついて出てしまった言葉に自分でひやりとしたけれど。
足元に落ちた目線もそらした顔も固定したまま。彼の冷たい美貌を伺う気にはなれなかった。
忍び寄る暗い想いに囚われて動けない。
「あいにく所長なもので。」
上から落ちてきた変わらない声音に無意識にほっと安堵した。
同時に彼にとって取るに足らなかったんだと感じる。
「知ってるよ。」
自分がしがないバイトだってことも。
「なら、おわかりかと思いますが。」
「はいはい。」
拒否権は無いんですよね。
それに、心配を押し付けたって世話をやく権利だって無いんだ。
うつうつと螺旋の入り口に差し掛かった矢先。
「帰りにどこか飲食店に寄るぞ。」
「!」
「ホワイトデーくらい僕も知ってる。」
好きなものを頼め、と流し目が物語った。
颯爽とドアをくぐっていく黒い背中を見つめ、麻衣は呆然と立っていた。
先月配ったチョコレートのリアクションをしてくれるというのだ。あのナルが。
確かに先の休みに14日も含まれていたけれども、こんな…。
嬉しいのか悲しいのか怒りなのか悔しいのかもう驚きすぎて感情を処理しきれない。
だから。
はっとしてすぐ後を追った。



街は春風が吹いていた。



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≫誰のために(09/03/19)
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